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 某月某日。朱里国城内、大広間。

「じゃ、後は任せたよ。真珠」
「あぁ。夕方までには戻る。行くぞ、珊瑚」
「ハイ、ハーイ! ……あ、その前に、お水を飲んで来てもいい?」
 深海の命令で、真珠と一緒に任務に出掛けることになっていた珊瑚。突如、指輪の状態から人間の姿になって、彼らの前に現れた。
「チッ、しょうがねぇな。早く行って来い。俺は客間のロビーで待ってるから」
「うん、分かった。すぐ戻るわ」
 忙しく台所へと駆け出して行く珊瑚を遠目に見送ってから、真珠は仏頂面で一息付いた。
「悪いな、深海。出発は少し遅れそうだぜ」
「あぁ。それは、別に構わないが……」
 時計とカレンダーを交互に見やった深海は、密かに口元を綻ばせて微笑した。これから起こるであろう聖戦をもうすでに把握しているかのような意味深な口ぶり。
「何だよ?」
「いや、何でもない」
 とにもかくにも、それがすべての始まりだったのだ。



「あれぇー?」
 台所にやって来た珊瑚は、ピタリと足を止めて、目を丸くした。そこには、何やら甘い匂いとともに、忙しそうに料理をしている二人の女性の姿が……。
「未凪ちゃん、虹河ちゃん。何やってるの?」
 珊瑚は思わず、そう聞いてみた。振り返ったのは、白凰魔法騎士団に所属する風地と蒼海の聖典大魔導師、未凪と虹河だったのである。
「あら、珊瑚ちゃん」
「何だ。真珠と一緒に任務に出向いたのではなかったのか?」
「あ、うん。ちょっとお水を飲みにね」
「そうか」
「ねぇねぇ、それより、何やってるの? 何かすっごくいい匂いがするんだけど……」
「ウフフ、チョコレートを作っているのよ。今日はバレンタインデーだから」
 おっとりとした口調で、そう答える未凪。
「なぁに? ばれんたいんって……」
 珊瑚は首を傾げて、未凪たちの傍に近付いた。初めて耳にするその言葉の意味を未凪は少し誇張して教えてやる。
「二月十四日、好きな人にチョコレートと共に気持ちを伝えると、後で何かいいことがあるかもしれないわよ」
「へぇー!」
 珊瑚の興味はすっかりバレンタインに傾いていた。客間で待っている真珠のために、私もチョコレートを作ってみたい。
 かくして、未凪と虹河、珊瑚、乙女の聖戦、チョコレート作りが始まった。



 一方。
「珊瑚の奴は、どこまで水を飲みに行ったんだ!?」
 苛立つ真珠に、深海はさりげなくこう言った
「珊瑚なら、さっき、台所で未凪と一緒にいるのを見たぞ」
「はぁ!?」
「そういえば、虹河も一緒だったな。三人で何やら熱心に……」
 深海の話が言い終わらない内に、真珠はすぐさま席を立った。珊瑚を連れ戻そうと台所へ向かうために。珊瑚がいなければ、自分が任務に行けないからだ。
「待てって、真珠」
 深海が言った言葉の真意に気付かない真珠は、
「何で止めるんだよ!」
と、彼を睨む。
「相変わらず鈍いなぁ、お前は……」
 深海は大きく肩を落として溜息を付いた。
「今日は、何月何日だ?」
「はぁ? 今日って……二月十四日……? それが何だよ?」
「バレンタインデーだろ? 乙女の聖戦。珊瑚はきっとお前に手作りチョコを渡して、愛の告白をさ」
「お前……最近、紅蓮に似てきたんじゃねぇか? 今はそれより任務だろ? 大体、未凪と一緒なんて、余計やべぇだろ。アイツの料理の味は壊滅的だぞ。それが、料理を一度もしたことのねぇ珊瑚にどう教えるって……」
「いや、未凪が作るチョコレートは普通に美味いよ。なぜかそれだけプロ級さ」
 何度も未凪の手料理を味見させられている深海の言うことである。おそらく事実だろう。
「きっと、練習したんだろうな。黒衣のために、何年もずっと……」
「とにかく、珊瑚がいなきゃ、仕事にならねぇんだ。お前が何と言おうと、俺はアイツを連れて行くぜ」
 真珠は部屋のドアを開けて外へ出ようとする。
「真珠、団長命令だ。今日は、一日ここでおとなしくしてろ」
 珊瑚の気持ちを汲んで、深海はそう言い放った。
「はぁ!? 何でだよ!?」
「いいから、言うこと聞けって。な?」
「チッ」
 尚も納得のいかない真珠だったが……。

 後は上手くやれよ、珊瑚。お目当ての鈍感くんは、俺がちゃんと足止めしておいたからさ。

 深海が真珠と珊瑚の代わりに任務に出るということで、どうにか彼をその場に足止めすることに成功したのである。
 珊瑚、未凪、虹河。それぞれの思いは、チョコレートと共に。意中の相手に届かせることが出来るのだろうか。
 虹河の聖戦の話題が出て来ないけれども、それはまた別のお話。


Fin.


2023.6.11

真珠は乙女心にはかなり疎いです。
きっと深海が言った言葉の意味もよく分かっていないかもしれない。

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