停電ハプニング

 それは、とある日の午後のことだった。
 ここ、朱里の王都から少し離れた呉乃の本部には、今、猛烈な台風十号が接近していた。
 外は暴風雨。そびえ立つ木々は倒れそうなほどにグラグラと揺れながら葉を鳴らし、道を歩いている人の傘は引っ繰り返っている。
 いつもと何ら変わらない日常生活のはずが……。この台風のせいで、私、呉乃の準二等級、寧々菓にとんでもない事件が降りかかることになろうとは、このとき誰にも想像することなど出来なかった。


「ないっ!」
 寧々菓は、先ほど杏から差し入れされたいちごのショートケーキを必死になって探していた。
「私のケーキ! いちごのケーキ! 何でないんですかー!?」
 台風で外は大荒れ。さすがにこんな日には外へ出るわけにもいかず、今日は一日大人しく呉乃の本部で過ごしていようかと思ったのだが……。
 休憩室の戸棚から冷蔵庫の中までくまなく探してはみたものの、どうしても見つけることが出来なかった。
「おかしいなぁ。さっきまで確かにここに置いてあったはずなのに。一体、誰が……?」
 そのとき、脳裏にある人物の顔が浮かんだ。
 呉乃の総司令官にして超級魔導司法官の青年、黎明。いつも寧々菓のことを菓子女と呼び、仕事でもプライベートでも一方的に無理難題を押し付けてくる意地悪な上司である。
 「まさか……! まさか、あの人……!」
 寧々菓は犯人を即黎明だと決め付け、すぐさま彼がいるはずの本部の指令室へと駆け出して行った。


「黎明さん!」
 ものすごい勢いでドアを開けると、黎明は頭の上にヘッドホンを乗せて、何やら熱心にラジオのニュースを聴いているようだ。
 いくら呼んでもまるで返事がない。それどころか、まったく振り返りもしなかった。
「ちょっと、黎明さん! 聞いてるんですか!?」
 ズカズカと部屋に入り込み、強引に黎明の頭からヘッドホンを外す。その途端、彼が寧々菓の存在に気付いて抗議した。
「オイ、何すんだよ、菓子女」
 無理やり取り上げられたヘッドホンを奪い返そうとして、黎明が寧々菓に手を伸ばした。常日頃からの過酷な呉乃の任務で鍛えられた反射神経で、寧々菓はスッと身軽に後方へと飛び退る。
「何じゃないですよ! 黎明さん、私のケーキ食べちゃったでしょう!?」
「はぁ? 何を訳の分かんねぇこと言ってんだよ。そんなの知らねぇって!」
「しらばっくれないでくださいよ。黎明さん以外に一体誰がいるっていうんですか!?」
「知るかよ。俺じゃねぇっつってんだろ。いいから、早くそれ返せ!」
 二人は散々口論を続けていたが、それも架橋を迎えた頃。
 ピカァッ! ゴロゴロ、ズシーン!!
 外からものすごい轟音が響き渡り、直後、部屋の電気がパッと消えて暗くなった。どうやら、近くに雷が落ちたらしい。辺りは瞬く間に暗闇に包まれてしまった。
「キャッ!」
 寧々菓は思わず悲鳴を上げて、黎明の身体に抱きついた。何を隠そう、彼女は雷が大の苦手なのである。
「なっ! ちょっ、お前、何やって……」
 突然の寧々菓の行動に、驚いたのは黎明だった。慌てふためくように、周囲に視線を泳がせる。
「オイ、菓子女?」
 カタカタと小刻みに震えながら、寧々菓は目を閉じて俯いていた。何も言葉を返せないまま、その場から一歩も動けずにいる。
 先程までの威勢はどこへやら。 黎明は小さく肩を竦めると、しばらくはその状態のまま大人しくしていた。


 さて、それから十分後。
 さっきまで激しい雷雨の音が聞こえていたのに、今は随分と静かになったようだ。
「ホラ、もう大丈夫だって」
 ポンポンと彼女の頭を撫でながら、黎明が言った。
「大分雷の音もしなくなったし、雨も小降りになって来たからさ」
 窓の外を眺めながら、周囲の様子を確認すると、その後ゆっくりと寧々菓の方にも視線を向けた。
 しかし、何の反応もない。
「菓子女?」
 無言のまま、寧々菓はギュッと黎明にしがみ付く腕に力を込める。
「……つーか、そろそろブレーカーを上げに行くから、早く離れて欲しいんだけど」
 困ったように頭を掻いてから、彼は小さく肩を落とした。
 気のせいだろうか。黎明の声は、いつもよりほんの少しだけ優しい感じに聞こえた。
「このままだと、ずっと真っ暗なままだぞ。オイ、聞いてんのか?」
 寧々菓は何も答えなかった。 いや、答えたくなかったのだ。
 このままだと、黎明はいずれ自分を一人残して暗い部屋から出て行ってしまう。それがたまらなく怖かったから。
「お願いですから……」
 寧々菓は蚊の鳴くような声で彼に答えた。
「ん?」
 聞こえなかったのだろうか。黎明がジッと彼女の方を覗き込んでくる。
「どうした?」
「こ、怖いから……行かないでください」
 しばらく黙り込んでいたが、寧々菓はやっとの思いで黎明に顔を向けた。いつになく、らしくない自分がそこにはいた。
「……」
 すがるようにカタカタと震えながら、少し潤んだ瞳で彼を見つめる。直後、ふと何を思ったのか、黎明の顔色がフッと変わった。
「何? お前、今日はいつにもなく素直じゃねーか」
「!」
 慌てて反論しようとするが、それも今の寧々菓には出来なかった。
「もしかして、上官の俺を誘ってるとか?」
 ニヤリと口元を綻ばせた黎明と再度視線がかち合って、思わず飛び上がりそうになってしまった。
「な、ななっ……!」
 な、何をドキッとしてるんですか! なんで、私が黎明さんなんかに……!
「そ、そんな訳ないじゃないですか! 勘違いしないでくださいよね!」
 必死に平静さを保とうとして、慌てて彼を押し退けて離れようとする。何だか今の一言でようやく自身の中にいつもの自分らしさが戻って来たような、そんな気がした。
「ハハハ、冗談に決まってんだろーが。本気にすんなよな。菓子女」
「もう、ひどいですよ、黎明さんってば! ホントに意地悪なんですから!」
 耳まで真っ赤になっている寧々菓の身体を、黎明は強引に抱き寄せた。いつの間にか、また彼の腕の中に閉じ込められていることに気付いて焦る。
「な……?」
 一瞬、何が起こったのか分からず、視界と頭がグルグル回っている。身動きが出来ないのに、なぜだろうか。不思議と嫌な気持ちではなかった。
「黎明さん?」
「冗談。側にいるからさ」
 ほのかに伝わる優しい温もりにようやく寧々菓は安堵した。
 そして、いつの間にかさっきまで大騒ぎしていたいちごのケーキのことなど、すっかり忘れてしまったのだった。


Fin.


2020.2.1

結局、寧々菓のいちごケーキはどうなったのでしょうか。
暗闇に二人っきりっていうのはドキドキしますよね。

 間接……?Top雨とお菓子と上司と部下と